あの日 あの時

『あの日 あの時』は戦後50年の1995年に、沼津市やかつてこの地域にかかわりのあった人々にその体験を語っていただいき、沼津ライオンズで編集・発行した貴重な文集です。
2025年、文集の発行から30年経ちました。戦後80年でもあります。
いまいちど平和な社会を願い、より多くの方々にこの文集を読んでいただけるよう、ホームページに文集のPDFを公開することに致しました。
当時の経験のある方も少なくなっており、直接そのお話を聞くことができる機会もほぼなくなっているでしょう。
多くの皆さまにこの文集を読んでいただければと願っております。
沼津ライオンズ会長 橋本 賢一

語り継ぎたい個人の歴史検証
「あの日 あの時」
平和の祈りの文集

発行 沼津ライオンズクラブ
1996年2月29日 第1版発行
1997年2月28日 第2版発行

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【目次】(クリックすると拡大して見られます)

—-第1版まえがき—-

世界の人々は平和で豊な暮らしを願っております。しかしながら人類の二千年の歴史の過程の中で、世界のいずれの地域においても紛争のないような状態はわずか数年でしかなかったと在る歴史学者は証言しております。

「人類の生命は地球より重い。」と事ある毎に言われ続けてきましたが、現実には国家の利害、民族の争いのため戦争という国家権力の発動を行い、日本もまた、しばしばそのような状況を生み出して来ました。そのために個人の生命、財産、家族は奪われ、それに関係した人々も生涯にわたって重荷を負う結果となりました。

私も中学校という多感な次代に沼津の空襲に遭い、恐怖の中で逃げ迷う悲惨な一夜を過ごしました。このような個人的な体験も、やがて五十年という長い年月のために、ともすれば風化されて仕舞いがちです。

私たちはこの機会に、沼津市に住み、また曾てこの地域社会にかかわりのあった人々にその体験を語って戴き、再び社会が愚かな行為を繰り返すことのないように願い、また平和な社会を築くためにも、それぞれの方々に歴史の個人的な証言者となって戴きたいと希望して、文集を発刊する運びとなりました。

幸いこの企画が多くの人々の共感を得て、多数のご投稿を賜りました事を感謝申し上げます。この小冊子が家族や次の世代の人々に読み継がれて、人々の平和を希求する心が豊かな地域社会育成への働きかけとなります事を心から念願致しておます。

平成八年二月二十九日
沼津ライオンズ 会長
髙橋 一彌

 

—-第2版まえがき—–

「戦後五十年、戦争を知らない人が多くなった今、思い出したくない悲惨な記憶の多い戦争体験だからこそ、勇気を出して次代に語り伝えねばならない」と異口同音に書かれた百二十余名の「あの日 あの時」
出版されてから一年の月日を経ました。その間、大勢の方々からお手紙やお電話をいただき、その反響の大きさに驚きました。
聖書マタイ伝の一節の如く「明日は炉に投げ入れられる運命の野の花でさえ、今日はソロモン王の栄華以上に美しく咲いている」そんな思いで、明日の死を覚悟しつつ「今日を最高に生きた」当時を思い、何回読み直して感涙にむせびます。
この度各方面の方々からの励ましのお言葉や増刷のご要望のある中、点訳グループ「かたつむり」さんが全訳五冊になる「あの日 あの時」を点訳されてご寄贈を受けました。私達はこのご熱意に触発されて改めてこの増刷の企画をいたしました。そしてなおこれを機会に四人の私達メンバーの前回挿入出来なかった投稿文の追加をさせていただきました。
顧みれば、専門家でない私達が、時間的にもまた限られた条件の中で精一杯努力して編集した小冊子が、このように大きな成果となったことは、この上もない喜びであります。
樹齢二千年の木は建物にしても二千年もつといわれています。樹木は建物に変わっても、木の香りを吐き出し、一年一年の年輪の苦しみや喜びを私達に教えてくれる感じがいたします。
私達も後世の人達が望むなら、何回でも繰り返しこの「平和への祈りの文集」を発刊し続けることでしょう。
私達沼津ライオンズクラブのメンバーは、この度この小冊子を増刷できる機会を与えられた幸せに深く感謝しております。

平成九年二月二十八日
沼津ライオンズ会長 横山 業

 

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